まったりのんべんだらり


by ayafuji_rie
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スレチガウハナビ

一番暖めた卵ちゃん。

上手く孵化してほしかったんだけど、やっぱり今の私の文章力じゃ無理でした。(苦笑)



「休憩はいりま〜す」
間の抜けた声をインカムに通しホールを抜ける。途中、自販機でペプシを買い、重たい従業員用の扉をくぐり抜け無機質なコンクリートの階段を上る。
ホールの騒がしさもここまでは追いつかず、ただ靴の音だけが響く。階段を上りきった場所、左側にある休憩室の扉をいつものように開ける。

明かりも燈さず静まり返ったその部屋にさわりと人の気配がして、その方向に目を向けた。
彼は一人窓の外を見ていた。配属されて間もない私はあまり彼と同じシフトになることが無くて名前もおぼろ。確かマネージャーだったはずだ。

ただ音も無く、彼は静かに窓の外を眺めていた。私のことなど気がついていないように、ただ窓の外を眺めていた。
そんな空気がキシキシと痛くて彼に声をかけた。

「明かり、つけないんですか?」
「つけたければ、つけていいよ」

私の問いに彼は振り向きもせずに答えた。言葉じりが少し投げやりに聞こえた私はこれ以上何もいえなかった。
短い間の沈黙も、私には間が持たずただ空気の痛さに耐えるしかなかった。

ふいに彼が口を開いた。

「今日、最後の花火」

私に対しての言葉かどうかあいまいな響きに、答えるべきか頷くだけでいいのか少し悩んで「そうなんですか。」とだけ答えた。この夏は仕事に追われて花火どころではなかったと、ふと思った。なぜか今、仕事に追われているという感覚に気がついた。
視線を凝らして窓の外を見ると、確かに彼方先、天井へ昇りきる上弦の下、小さな光りが漆黒の空に点々と丸い軌跡を描いては消えていく。耳を澄ませば小さくトントンと花火の音らしいものが聞き取れた。

何も言わずに、何も言えず、何もつながりの無い二人が小さな丸が浮かんでは消えていくのを眺めた。

小さな光はだんだんと多くなり突き上げるように次から次と光り輝いた。空は照明弾がはじけたように、いっそうの光を放つ。半月の輝きをもかき消すようなその輝きは、やがてトントンと小さく届く花火の音と共に静かに残滓を残す。それもまた、はらはらと静かに消えていった。


また沈黙が部屋を覆う。窓の外の暗闇には町の明かりがいつものように灯っていて、もう花火が上がることは無かった。
手に持った缶ジュースの水滴がゆっくりと指を伝う。沈黙にじれるように指先に留まり、それでもあっけなく床に落ちた。
視線を時計に移すと休憩時間も終わろうとしていた。

「さっきので終わりか」
また独り言のように彼がつぶやく。

「そうみたいですね」
そういいながら私は、缶ジュースを灰皿の載ったテーブルに静かに置いた。静かに置いたつもりなのにカタンと小さな音は部屋中に響いた。彼の腰に下げたインカムからザラザラと耳障りなノイズがその響きを遮った。静寂を破るその音の中から私を呼ぶ声がする。

「ずいぶん呼ばれてるけど。大丈夫なの?」
彼は初めて私に対して話しかけた。私は壁の時計を見た。
「あ、まだあと3分あるんですけど・・・ま、いっかな〜と」
「いいのそれで?」
「だめですか?」
率直に返した答えに彼は少しニヤリと口元を緩めた。
「いいんじゃない。あの人他人には厳しいから」
「そうですね」
「認めたな。あの人に言ってやろう」
「え?!それは勘弁してくださいよ」
「冗談、冗談。どうせ言えないし言わないからさ」
「え〜本当ですか?」

少し彼の表情が曇った。
「まあね」
また窓の外に視線をはずす。ちらりと様子を伺うと何か薄暗い部屋のせいか、彼の表情すら暗く見えた。

何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。
再び部屋を覆い始めた沈黙に私はどうしていいかわからずに内心うろたえていた。
ここぞとばかりにテーブルに置いた缶を開けようか開けまいか、悩みの矛先をすり替えてうだうだし始めたそのとき。
「時間、大丈夫?」
視線は窓の外に向けたまま、彼は私に再び話しかけた。さっきよりも突き放すような言葉の響きに背筋が直る。
「あ、はい。そろそろ」
「そう。がんばってね」
またも投げやりな言葉尻に、続きの言葉を思いつけない。くるりと周りを見渡しテーブルの上の缶に視線が止まる。

「あ、あの〜・・・」
「なに?」
「これ、ちょっとぬるくなったかもしれないんですけど、どうぞ」
「え??」
「飲むの忘れちゃったんで」
「最後の休憩で飲めばいいじゃん」
「いや、その、ええと間違えて買っちゃって」
「・・・・そう。んじゃ貰っとくわ」

自分でも何を考えたのか。彼の言うとおり後から飲めばいいのに、まるでバレンタインデーの告白のようなシチュエーション。突飛な自分の行動にドキドキと鼓動が聞こえる。
半ば強引に彼にペプシを押し付けそそくさと部屋を出た。

「休憩終わりました〜」
自分の意味不明の行動に動揺したせいで、声が上ずる。
「了解〜」
そんな動揺など気にも留めず誰かから味気ない返事が耳に届く。
早足でホールに戻り、先輩に次の休憩を告げに行き、あとはただがむしゃらに仕事をした。





そんなこんなで終業の時刻が来て、いつもどおり終礼をはじめようかと先輩が主任を呼びに行った。いつもどおり主任が来るまではお喋り三昧。女子社員の特権のひとつで、騒いでもある程度までは文句は言われない。
そんなお喋りに花が咲いている時、先輩が青ざめた顔で戻ってきた。
「今日は終礼無しだって。だからもう帰っていいって」
彼女のいつもとは違う表情に皆首をかしげながらロッカールームへ退散した。

重い従業員用の扉を開き、さて帰るぞと、ぞろぞろ同僚が出て行く。私も、と足を踏み出したとき、誰かの怒鳴り声が聞こえた。誰かしらと考える間もなく先輩に蒸し暑さのかけらが残る屋外へと押し出された。
店の外は静かで、機械の騒音も人の話し声もしない。先に出た同僚もなぜか声
潜めていた。今日のおかしな雰囲気に誰しもが小首をかしげているが誰もそのこ
とに触れない。やがて皆何も言えないまま、一人また一人と帰路へついた。

だらだらと歩いていた私は一人、完全な静寂の中に取り残された。西へと沈む半月は輝きを失い始めていた。夜明けへと立ち向かい、そして必ず色を失う月に何か因業があるのかしらと無駄な思考に耽りながら、だらだらと歩き、いつもの倍以上の時間をかけてアパートにたどり着いた。半日走り回って足は棒、体はクタクタ。熱いシャワーに身をゆだね、一日を何気なく振り返る。


やけに鮮明に頭の中に残っている彼との会話。いや、彼がいた無機質な時間と、花火と沈黙の空間。


その違和感は翌日明らかになった。




翌日も彼と同じシフトで、そんなことを気にする余裕も無く私はホールを走り回っていた。

「マネージャー。すいませんが空調の確認お願いします」
いつものように確認の声がインカムから聞こえる。するとしばらくの間があった。

「あ〜、俺マネージャーじゃないけど空調の設定は25℃だよ」
昨日の彼の回答。

なるほど降格になったのか。男の人はこういうことがこたえるんだ、とその理由も考えずに一人納得した私は新しいことを覚えたぐらいにしか考えなかった。

またも少しの間があり確認をした相手が答えた。
「マネ・・・主任、すいませんが少し上げてもらえますか」
「はい了解。28℃にしとくわ」
「了解。ありがとうございます」
「がんばれよ〜」
半ば投げやりな彼の言葉。

そしてその日の休憩時間、彼と会う事は無かった。


そしてその次の日から彼は居なかった。花火のような一瞬の出会いと、ただそれだけ。

すれ違った時間はとても短かった。
でも、なぜかあの短い時間で彼は鮮烈に私の記憶に焼き付いた。

そして私も数ヶ月後、その職場を後にする事となった。



その職場を辞めて数年。

彼と、彼と見たあの花火は季節外れの真冬でも色鮮やかに私の記憶の夜空に浮かび上がる。
そして私は、私の道を照らすその光を振り返りながら前へとただ進む毎日を送っている。

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by ayafuji_rie | 2005-04-03 19:49 | 遠い足音