まったりのんべんだらり


by ayafuji_rie
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記憶

隣りの小野寺のおばちゃんは明るくて気さくな人だった。
反対側の隣りの高松さんは優しそうな人だったけど娘さんが怖かった。もう名前も思い出せないけど。

私たちの家族が住んでいたおんぼろ長屋はお風呂がなかった。歩いて5分ぐらいの『梅の湯』という銭湯に母と父と一緒に通った。今はサウナ付きのビジネスホテルになっている。かなり熱めのお風呂で温度計が48℃を差していた記憶が残っている。脱衣所には扇風機と体重計と、冷えた牛乳の入った営業用の冷蔵庫があった。たまに母親がそこからマミーを買ってくれた。それが何よりの楽しみだった。

風呂屋の近所に「まどかちゃん」が住んでいた。日本人形のように綺麗な黒い髪をおかっぱにした可愛らしい子だった。仲のよかったその子は、2年生になった春にどこかへ引っ越して行った。

材木町の通りには「ひとみちゃん」が住んでいた。くりくりした瞳の可愛らしいお喋りな子だった。今はない少女漫画雑誌と同じ名前があの子はとても気に入っていて、よく私の名前をバカにしてくれた。今も彼女が住んでいたマンションはその通りにあるけれど、彼女が今もそこに住んでいるかは知らない。

私の住んでいた長屋の隣りは駐車場を挟んで盛岡では有名なパン屋さんだった。朝からパンの焼ける香ばしい甘い匂いが私は好きだった。灰色のコンクリートの工場の道路側は、パンを売るお店だった。気の良いおばちゃんが、いつもジャムをたっぷり塗ったパンを売ってくれた。いまは道路の斜向かいに綺麗なお店がある。今もジャムをたっぷり塗ったパンを売り続けている。コンクリートのお店の入口は曇ガラスの内側にカーテンを閉めて中の様子は全く分からない。

そこから20mばかり離れたとこに「ちえちゃん」が住んでいた。4人姉妹の一番上で、私の一番の友達だった。彼女の家の敷地の一番奥には小さな赤い祠があって いつも綺麗に掃除されていた。彼女の家はとても大きくてたくさんの部屋があった。大きなひな飾りを4つも持っていて、小さなお雛様すら持っていなかった私はひどくうらやましかった。

昔下町情緒が溢れていたその街は、開発の波に飲まれて私の知っている景色がどんどん消えている。
こぎれいな美しい町並みになった材木町。観光客が訪れる宮沢賢治オブジェが立ち並ぶ。
それに続けと私の昔住んでいた街は再開発をしている真っ最中らしい。
小さな商店や昔ながらの木造の家を取り壊した跡地に林立するマンション。
大きな問屋さんが消えて、その跡にもマンション。

昔の町並みがぼろぼろに虫食い状態で、目を背けたくなったのは、私の記憶がばらばらに分解され記憶の海に沈んでいく感覚が嫌だったから。

忘れたくない事は忘れてしまう。
忘れたい事は忘れられない。



そんな街をひさしぶりに歩きながら、私は異邦人を口ずさみました。
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by ayafuji_rie | 2004-10-02 20:55 | 気のままケイタイ